チェルノブイリのカビは宇宙飛行士を放射線から守るか
火星有人探査。
火星移民構想をも打ち立てる米SpaceX社が実現に向けて先頭を走っている他、米国航空宇宙局(NASA)でも2033年に火星有人探査実現の目標を立てている。
だが、そこに立ちはだかる問題がある。
地磁気のない火星地表面や宇宙空間では、大量の放射線が人間を襲うのだ。
火星であれば拠点を地下に設けて放射線を防ぐこともできるが、最短でも数ヶ月に及ぶ地球から火星への星間移動では、そのほぼ全工程で、宇宙船内の人間は宇宙放射線に晒され続ける。
何らかの対策を取らない限り、これは人体にとって致命的である。
興味深い解決策が、チェルノブイリの廃原子炉で見つかった。
1986年に大規模な爆発事故が発生してから僅か5年後の1991年、未だ高濃度の放射線に晒されている廃棄された原子炉の壁面に、あるカビが定着しているのが発見されたのだ。
Cladosporium sphaerospermumと呼ばれるこの黒カビの一種は、植物が葉緑体で光合成を行うように、メラニン色素を用いて放射線の一種であるガンマ線から化学エネルギーを合成する。研究チームは、放射性合成(Radiosynthesis)とも呼べるこの仕組みを、放射線から人間を守る盾に利用できるのではないかと考えた。
国際宇宙ステーション(ISS)にて、実証実験が行われた。放射線に晒される宇宙空間で、放射性真菌Cladosporium sphaerospermumの菌床がどの程度成長し、また放射線を吸収できるかを検証したのだ。まだ査読はされていないが、実験期間は30日以上にわたり、終了時には菌床は厚さ1.7mm程度に成長し、2.2%程度の放射線を吸収・遮蔽していることが確認された。
データからの推計によれば、厚さ21cmの菌床で火星表面の放射線から人間を守るために十分な遮蔽が得られる。菌自体が増殖するため、地球上から打ち上げる菌床自体はわずかな量で問題ないことも魅力だ。研究チームは、他の素材との混合でより高効率かつ広範囲の宇宙線を防ぐ遮蔽壁が作れるのではないかと推測している。
参考資料
A Self-Replicating Radiation-Shield for Human Deep-Space Exploration: Radiotrophic Fungi can Attenuate Ionizing Radiation aboard the International Space Station | bioRxiv(未査読)
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.07.16.205534v1
*放射性合成
JST科学技術用語日英対訳辞書では、radiosynthesisと放射性合成を紐付けているため、放射性合成と表記しています。