チーズの味な話 第2回|修道士の失敗作


フランスの東部、シャンパーニュ地方の丘陵地帯に位置する小さな村ラングル。この地で生まれた「ラングル」は、牛乳を原料とするウォッシュタイプのチーズである。円筒形をしたこのチーズの特徴は、中央にくぼみがあること。まるで火山口のようにへこんだくぼみには、こんな逸話が残っている。
かつてシャンパーニュ地方でチーズをつくっていた修道士たちが、チーズづくりの過程で必要なチーズを裏返す作業をうっかり忘れてしまった。その結果、水分を多く含むチーズの中央には、重みでくぼみができてしまった。くぼみができないように裏返しにするのに、それを忘れてしまっては失敗作といわざるを得ない。しかし、その独特な形状がかえって人々の関心を引き、徐々にチーズとしての個性を確立することとなったという。まさに、災い転じてラングルとなったのだ。
ごつごつとした表皮はオレンジ色を帯び、ほのかにしっとりとしている。この色合いは、熟成の際に塩水や植物性色素のアナトーを加えた液で洗うことで生まれる。こうした「ウォッシュ」技法は、チーズに独特の香りと風味をもたらす。食べてみると、ミルキーな甘みとほのかにヨーグルトのような酸味が広がり、優しい塩気が後を引く。熟成が進むにつれて、旨みとコクが深まり、トロリとした食感が際立つ。「ラングル」のくぼみは泉を意味する「フォンテーヌ」とも呼ばれ、地元のブランデーであるマールを注ぎ、一緒に掬って食べる贅沢な楽しみ方もある。さらに、マールを注いだ後にフランベすると、マールの芳醇な香りとアルコールの刺激がチーズの濃厚な旨みと溶け合い、その味わいはまさに「目が覚めるような旨さ」である。
現在、「ラングル」はフランス政府の原産地統制呼称(AOP)を取得し、伝統を守りながら作られ続けている。シャンパーニュの豊かな風土と修道院での偶然が合わさり生まれた「ラングル」は、まさにフランス文化の「味」なチーズなのだ。