「RNAウイルスって? DNAみたいなもの? そもそも第1、第2もわからないんだけど……」という声が聞こえてきそうですが、実はこの発見は、ウイルスの分類そのものを揺るがすほどの大発見であるかもしれないのです。その経緯とは?
そもそもウイルスってなんだ?
私たちは肉眼で見ることができない生物をまとめて「微生物」と呼びますが、そのような小さな世界にも、身の回りの動植物に劣らないほど多様な種の生物群が存在します。
微生物は大きく「真核微生物」「細菌(バクテリア)」「古細菌(アーキア)」そして「ウイルス」の4つに分けられます。
「真核微生物」は水中のプランクトンのような、一般的な動植物のうち肉眼では見えないようなものから、キノコやカビなどをつくりだす「真菌」のことを指します。これらは細胞核をもち、単体での増殖が可能です。
「細菌」「古細菌」はそれぞれ大腸菌や乳酸菌、メタン菌や好熱菌などが代表例で、組成物質などの違いはありますが細胞核はもたない生物(原核生物)ですが、単体での自己増殖が可能です。
そしてインフルエンザやコロナで知られる「ウイルス」は、遺伝子情報はもっていますが単体での自己増殖が不可能で、他の生物の細胞内でしか増えることができません。よって微生物とは言いつつも、ウイルスは生物ではないとされることもあります。
ちなみに、「微生物」とくくられるウイルスと細菌の大きさは10〜100倍程度の差があると言われ、これはアリと人間を同じ生き物とくくるようなもの。それに比べると、いかに「微生物」という言葉が大雑把なものか想像しやすいのではないでしょうか。
DNAウイルスとRNAウイルス
では、ウイルスについてももう少し詳しく追っていきましょう。まず、ウイルスにはDNAウイルスとRNAウイルスの2系統があります。
DNAウイルスは遺伝物質がDNA(デオキシリボ核酸)でできており、宿主の細胞核内で、DNAポリメラーゼ(合成酵素)を利用して増殖します。これに対しRNAウイルスは、遺伝物質がRNA(リボ核酸)でできており、宿主の細胞質内で、RNAポリメラーゼ(合成酵素)を用いて増殖します。
さらにRNAウイルスには、自己複製酵素としてRT:Reverse Transcriptases=RNA依存性DNA合成酵素をもつ「レトロウイルス(Pararnavirae)界」と、RdRP:RNA-dependent RNA polymerases=RNA依存性RNA合成酵素をもつ「非レトロウイルス(Orthornavirae)界」という2つの「界」が存在しています。この2界に属するウイルスがそれぞれ「第1、第2のRNAウイルス」というわけなのです。
第3のRNAウイルスの発見
これまでに見つかってきたRNAウイルスは、全て上記のレトロウイルス界または非レトロウイルス界のどちらかに属していました。しかし今回発見された新しいRNAウイルスは、自己複製酵素がレトロウイルスとも非レトロウイルスとも異なる特徴をもった、新たな分類(界)となる可能性のあるウイルスだったのです。
例えるなら、魚しかいない世界にタコ(門の違う生物)が現れたどころか、植物しかいない世界で動物(界が違う生物)が現れたレベルの衝撃となります。
また、この新たなウイルスの自己複製酵素はこれまでに見つかっていた2つの酵素(RTとRdRP)の中間的な構造をもっていると考えられ、RNAウイルスの進化の分岐を解明するための大きな手がかりになると考えられています。
今後のさらなる研究によって、この未知なるウイルスの詳細な性質や、進化の過程が明らかになることが期待されます。
発見への道
今回見つかったRNAウイルスは、発見された環境にちなんで「HsRV(Hot spring RNA virus)」という系統名がつけられました。これまでに見つかっていない、新たな系統のウイルスであるという驚きもさることながら、今回の発見はその経緯も含めて特殊なものでした。
これまでのRNAウイルスの探索手法は、あるウイルスのRNAの配列と既知のウイルスのRNAを比較して似たものを探していくというものでした。しかしこの手法は過去に発見されたウイルスの情報に依存しているため、全く新しいウイルスを発見することが困難であるというデメリットがありました。
浦山助教を中心とする研究メンバーは、既知のウイルスとRNAが類似しない場合でもウイルス由来の遺伝子物質を検出することができるFLDS法という手法を2016年に開発し、新たなウイルスの解析を続けてきました。今回の発見は従来手法では成し得なかったことも実証されており、FLDS法の有用性を示す結果となりました。
またHsRVは、これまでにRNAウイルスの見つかってこなかった高温・高酸性環境である温泉の中から発見されたものでした。これは今までウイルスがいないと考えられていた環境でも、今後はまた別の新たなウイルスが見つかる可能性を示唆しています。
さらにいえば高温・高酸性などの極限環境でも生息できるウイルスや宿主となるバクテリア等の研究が進んでいけば、原始生命の誕生のきっかけとされるRNAワールドを知る手がかりになる可能性もあると考えられています。
今回の発見からもわかるように、ウイルスは地球上どこにでもおり、人間を含めた全ての動植物にも深い関係性のある存在です。反面、まだ圧倒的に明らかになっていないことの方が多いと考えられています。
そんな生物かどうかすらわからない小さな存在でも、一歩一歩着実に研究を続けていけば、より豊かな未来をつくるヒントを見つけることができるかもしれません。