人工雪もクエン酸も微生物がつくっている?!|意外な場所で働く微生物10選
科学が今のように発達するもっと古くから、有機物の分解者としてさまざまな分野で活躍してきた微生物。納豆やヨーグルト、ビールなどの発酵食品はもちろん、今では環境や医療の分野でも微生物の力が積極的に利用されています。そんななかでも今回は、あまり知られていない微生物の働きに注目。生活に身近なものから、環境問題を解決するようなものまで、ハッと驚くような微生物の活躍ぶりを紹介します。
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1.人工雪のもとになる微生物〈シュードモナス・シリンガエ〉
〈シュードモナス・シリンガエ(Pseudomonas syringae)〉という細菌が生産する「Inaタンパク質」は、水の凝固を促進する強力な凝結核になります。そのため人工雪の生産にも用いられており、1988年カルガリーオリンピックではγ(ガンマ)線により滅菌された〈シュードモナス・シリンガエ〉の菌体粉末が降雪剤として使用され、雪不足に悩まされていたゲレンデに雪を降らせました。また、Inaタンパク質は食品の凍結剤として、生鮮食品の風味と機能を保持する加工にも有用で、レモン果汁を凍結する前後で風味は損なわれなかったという研究結果もあります。
2.バイオマス燃料を作る〈クロストリジウム・セルロボランス〉
バイオマスとは動植物などから生まれた生物資源の総称で、これらの資源から作る燃料をバイオマス燃料と呼びます。その中でもサトウキビ、トウモロコシなどを原料とする栽培作物系バイオエタノールは、微生物によって糖が発酵され作られています。日本においてはバイオエタノールと石油系ガスをガソリンに混合した「バイオガソリン」が一部のガソリンスタンドで販売。他にも、廃棄物系バイオガスがあり、生ごみ、下水汚泥、家畜糞尿などを原料として、発酵、嫌気性消化によってつくられます。これはより環境にやさしい燃料として注目されており、カーボンニュートラル(二酸化炭素の排出量と吸収量が±0の状態)に貢献することが期待されます。
3.犯罪捜査における微生物叢(マイクロバイオーム)
微生物叢とは対象とする環境中に生息する多様な細菌のコミュニティ。平均的な若い男性の場合、大腸に38兆個、歯垢に1兆個、皮膚に1800億個の微生物がいると考えられています。そして一人ひとり持っている微生物の種類は異なるため、これを犯罪捜査に応用しようという研究が進んでいます。これまでもDNA配列を検査するDNA鑑定や指紋を照合する指紋鑑定は行われてきていました。これからは微生物叢による犯罪捜査で、皮膚と証拠物の微生物叢とを照合して本人まで辿り着くことができるかもしれないのです。
微生物叢の研究は比較的歴史が浅く、今後どう活用していくか期待が寄せられています。
4.植物の生育を促すPGPM(Plant Growth Promoting Microorganis)
PGPM(Plant Growth Promoting Microorganis)とは植物生育促進微生物のことです。Mの部分がBacteria(細菌)にかわりPGPBと呼ばれたり、Rhizobacteria(根粒菌)にかわりPGPRと呼ばれたりします。植物病原菌への拮抗作用や土壌中に含まれる植物が直接利用できない養分を利用できる形に変えることから、注目が集まっています。PGPMは化学肥料とは違い、環境汚染や土壌への悪影響は少ないとされています。持続可能な農業で活用される微生物資材として期待が高まっています。
5.生物農薬になる〈バチルス・チューリンゲンシス〉
〈バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)〉は昆虫病原性細菌で、BT菌と呼ばれています。チョウ・ガ類の幼虫が摂食すると、消化管内のアルカリ条件とタンパク質分解酵素の働きで、殺虫活性のあるタンパク質ができ、それによってエサの消化吸収が不能になり死にいたります。昆虫と体の構造が違う人に対しては胃液が酸性なので無害です。日本では養蚕業が盛んだったので病原菌として養蚕地帯周辺での使用は制約されています。即効性はありませんが、環境にやさしい農薬といわれています。
6.抗生物質のもとをつくる微生物たち
医薬品にも、もともと微生物が作っていた物質を利用したものがあります。ペニシリンやストレプトマイシンなどの抗生物質は、微生物によって作られています。抗生物質は微生物の発育・繁殖をおさえる物質です。抗生物質を用いた抗菌薬は1928年に初めて発見されたペニシリンをはじめとして次々と開発されています。しかし、それに対抗して抗生物質が効かない薬剤耐性菌も生まれるので無闇に使用することは無いよう、WHOや日本の厚生労働省によってガイドラインが定められています。
7.グルタミン酸を生産する〈コリネバクテリウム・グルタミカム〉
グルタミン酸は、うま味調味料、風味調味料、そしてインスタントラーメン、冷凍食品、漬物などありよあらゆる加工食品に用いられています。「だし」を科学的に解析したのは東京帝国大学の池田菊苗。昆布だしの「うま味」の本体はグルタミン酸ナトリウムです。この発見が調味料事業の市場拡大の礎となりました。実用化可能なレベルのグルタミン酸生産菌〈コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)〉は、1956年に協和発酵(株)(現 協和発酵キリン(株))によって発表されました。
グルタミン酸ナトリウム生産量は全世界で年間180万トン(2008)に達し、日本における一大発酵産業です。
8.クエン酸をつくる〈クロコウジカビ〉
クエン酸は清涼飲料、ジュース、キャンディーなどの食品の酸味料として広く用いられています。最近ではキッチン周りの洗浄剤や衣服の洗剤などにも取り入れられるようになり、年々需要量は増加しています。クエン酸はレモン、オレンジ、夏蜜柑などの柑橘類および梅の中に多量に含まれ、以前はこれらの物から製造されていました。一方、現在普及しているのは、デンプンあるいは糖をコウジカビの一種、〈クロコウジカビ(Aspergillus niger)〉で発酵させてクエン酸を生産する方法。1919年に製薬企業のファイザーが発酵技術を用いたクエン酸の工業生産に成功し、それ以降、発酵によってクエン酸をつくることが一般的になりました。私たちが普段口にするクエン酸の多くは微生物によってできているのです。
9.プラスチックをつくる「PHA生産菌」
PHAは微生物が細胞内にエネルギー源として貯蔵するポリマー。これを利用してバイオプラスチックの開発が行われています。さらに、PHAは生分解性であるため、微生物により分解されて、二酸化炭素と水になります。石油由来のプラスチックを燃やすと、数億年もの間地中に眠っていた炭素を二酸化炭素として大気中に放出するため、二酸化炭素は増えていきます。一方で、植物油などのバイオマスを原料としてバイオプラスチックを製造することで、カーボンニュートラルに貢献できると考えられています。また、最近では土中だけでなく、海水中での生分解も実現しており、海洋プラスチック問題へ一石を投じることにもなるでしょう。コンビニエンスストアでPHAの一種であるPHBHを用いたストローが使用されたり、化粧品会社と共同で容器開発が進められたりしています。
10.プラスチックを分解する〈イデオネラ・サカイエンシス〉
大阪府堺市のリサイクル工場で採取された〈イデオネラ・サカイエンシス(Ideonella sakaiensis)〉。PETを分解して栄養源にしている真正細菌の一種です。PETは、ペットボトルや衣服等の素材として、世界中で活用されています。しかし、自然界で生物による分解はされないので、問題となっています。現在行われている主要なPETのリサイクル手法の一つにケミカルリサイクルがありますが、膨大なエネルギーを消費するなどの問題点があります。今はまだ分解の効率が悪く、小さく刻んだ厚さ0.2ミリメートルのPET片を分解するのに6週間かかりますが、効率を高める研究が進められており、プラスチック分解の実用化に注目が集まっています。
もはや「微生物」という言葉で一括りにはできないくらい多方面で活躍する微生物。わたしたちの暮らす日本は、多様な季節や環境に恵まれ、多くの微生物を収集するのに適しています。日本で発見された微生物は既に世界中で活躍しています。