微生物の名前ってどうやって決めているの? 微生物の名前に関するあれこれを突撃取材!前編
Aspergillus oryzae、Pseudomonas aeruginosa、Streptococcus mutans……一体なんて読むの?と首をかしげてしまうような微生物の名前。正式に認められた数は1万種を超え、もちろんそのひとつひとつが異なる名前を持っています。年々その数は増えているけれど、誰が一体どうやって名前を決めているのだろう? 疑問に感じたら早速聞いてみるべし!
ということで、今回は国立研究開発法人産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 生物資源情報基盤研究グループ、研究グループ長の玉木秀幸さんに突撃取材! 微生物の名前のつけ方から名前を登録する手順まで、微生物の名前に関するあれこれをズバリ聞いてみました!
微生物の名前が正式に認められるにはどうすればいいの?
微生物の名前でまず気になるのは、その登録手順。論文を発表すれば正式に名前をつけたことになるの? と思いきや、意外とその道は遠いよう。玉木さ~ん、一体どうすれば微生物の名前が正式に認められるんですか?
まず、微生物の名前が学術的に認められるには、国際原核生物分類命名委員会が制定した国際原核生物命名規約に沿って名前をつけないといけないんです。
国際原核生物分類命名委員会の国際原核生物命名規約……早口で読むと微生物の名前より噛みそう……その規約は例えばどんなルールがあるんですか?
わかりやすいところで言うと、まず人の名前をつけるのは基本的にアウト。超著名な研究者の名前とかは許されてますが、友達の名前や家族の名前はもちろん、自分の名前や共同研究者の名前も基本はダメです。
自分が見つけた菌なのに自分の名前すらつけられないなんて……真っ先に自分の名前つけたくなくなりませんか?玉木菌とか。
「玉木菌」なんてそれこそ微妙な名前ですよ(笑)でも、「ミュータンス菌」や「麹菌」といったいわゆる通称名は自由に名乗っていいんです。あくまで国際ルールが適用するのは、Streptococcus mutansやAspergillus oryzaeといった正式な学名。その国際ルールも1980年に決まったばかりなんです。
なんで国際ルールをつくるようになったんですか?
一番大きな問題としては、同じ種の微生物なのに、複数の名前がつけられていたりして、混乱を招いていたこと。当時はゲノムや遺伝子配列で分類する技術も普及していなかったから、微生物の形や、どんな餌を食べるのか、どんな温度やpHで生えるのかといった生理的な情報で分類するしかなかったんです。それはもう職人芸のような話で、分類も複雑怪奇なものでした。
1980年に国際ルールを定めると同時に、国際委員会が細菌学名承認リストを発効して、そのリストに載らなかった学名は全て無効になりました。綺麗さっぱり再スタートを切ったんです。国際ルールが整ったことで、名前が承認されるまでのプロセスもすごくわかりやすくなったんですよ。
実際にどんなプロセスを経て承認されるんですか?
名前をつけるためのプロセスは大きく分けて3つ。とってもシンプルです。
①国際原核生物命名規約に沿った名前をつける
②2ヵ国以上の公的な菌株保存機関に菌を預ける
③IJSEM(International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology)のバリデーションリストに掲載される
ほら、わかりやすいでしょ?
①はわかった、②はまあなんとなくわかる、③は何のことやらさっぱりわからない。では、玉木さん! ご説明を!
じゃあ、順を追って説明しましょうか。まず新種の微生物を発見して、その微生物に関する論文を書きますよね。その時に国際原核生物命名規約に沿った名前をつけて、その由来なども書きます。
うん、そこまではわかります。
そのあと、名前の承認を得るためには2ヵ国以上の公的な菌株保存機関に菌を預ける必要があるんです。これも国際ルールで決まっている。生きたまま預けて、各保存機関で再培養できるかどうかをチェックします。新種の微生物を見つけ、論文を書いたとして、培養できなければ名前の承認は降りないんです。
論文だけではなくて、しっかりと実物の証拠も必要なんですね。
再培養ができることが確認できたら、IJSEM(訳すと国際系統分類進化微生物学誌)というイギリスの国際学術誌に論文を提出します。そこで分類学の専門家による精査や、他の微生物と名前のダブりがないかをチェックが行われます。最終的にIJSEMのバリデーションリストという学名リストに名前が掲載されれば、正式な学術名として承認されたことになるんです。
なるほど! そのIJSEMに載るかどうかが肝ということか。
まさにその通り。例えばNatureや他の国際専門誌に論文を掲載しても、正式な学名としては認められないんです。もちろん、他の国際専門誌で学名の提案をすることはできますが、その後、学名提案をしている旨をIJSEMに連絡し、専門家による審査を経てバリデーションリストに掲載されてはじめて正式な学名として認められたことになります。
シンプルなようでいて、一筋縄ではいかない微生物の命名。「手間もコストもかかるので、新種の微生物を見つけたからといってなんでもかんでも名前をつけるわけにはいかないんですよね」と玉木さんが言うように、見つけたものの名のない微生物もたくさんいるそう。
名前をつける、つけないの基準を聞くと、「あくまで個人的な感覚ですが、分類として「科」以上であれば文句なしに名前をつけます。機能が新しい(面白い)微生物であれば、新種であっても名前をつける価値はありますよ!」と玉木さん。そういえば、科・属・種など分類の名称はよく耳にするけど、そもそもどういうものなんだっけ? ここでひとまず分類についておさらいします!
微生物界の大発見! 新「門」の学名、アルマティモナデデス
生物分類の基礎をつくったのは、18世紀の生物学者、カール・フォン・リンネ。学名を属名+種名で表す二名法や、網・目・属などの分類階級をつくった「分類学の父」とも呼ばれています。その後20世紀末にカール・ウーズという微生物学者が、リボソームRNAを使って生き物を大きく細菌(Bacteria)、古細菌(Archaea)、真核生物(Eucarya)の3つのドメインで分ける3ドメイン説を提唱。現在の生物分類の体系をつくりました。
まず知っておきたいのは、生物は階級で分類されていること。大きい階級順に、界・門・網・目・科・属・種と体系化しています。私たちヒトで表すと、動物(界)・脊索動物(門)・哺乳(綱)・サル(目)・ヒト(科)ホモ(属)サピエンス(種)。リンネの二名法(属名+種名)に従って、学名はホモ・サピエンスになります。
細菌では界という階級が学術的に定義されていないため、門が一番大きな階級。納豆菌のいる「バクチロッタ(Bacillota)門」や大腸菌などの「シュードモナドータ(Pseudomonadota )門」などがあります。
そのうち28番目にできた「アルマティモナデデス(Armatimonadetes)門」は、2011年に玉木さんら産総研グループと山梨大学の共同研究で発見した門。私たち人間を含む真核生物に照らし合わせると、昆虫やエビなどの節足動物門や、爬虫類・ほ乳類を含む脊索動物門に匹敵する大きな分類を開拓した微生物界の大発見なのです!
改めてすごい発見ですね! このアルマティモナデデスっていう名前にはどんな意味があるんですか?
名前の由来はアルマジロなんです。
ア…アルマジロ……?
まず、このアルマティモナデデス門に属する微生物の特徴は、そのコロニーの固さ。多くの微生物は指で触ると崩れちゃうんですけど、このアルマティモナデデス門の微生物は触ってもまったく崩れない。まるで薄いプラスチックのように固いんです。
その固さを表現する言葉を色々と考えた結果、アルマジロが思いついたんです。アルマジロはラテン語で「武装した小さいもの」。固さを意味する「アルマ」と、細菌を意味する「モナス」を組み合わせてアルマティモナデデスという名前にしました。この名前を思いついた時はかなり嬉しかったですね。細菌の新しい門の名前をつけることはなかなかないので、とても貴重な経験になりました。
属名+種名の名前をつける以外にも、さらに上階級の分類に名前をつけることもあるんですね。微生物の命名、奥が深い!
これはまだまだ話がつきないぞ……ということで、微生物の名前に関する話はさらに後半戦へ! ぶっちゃけ話から、編集長・副編集長もびっくりのネタまで、まだまだ話が飛び出しますよ~!
微生物の名前ってどうやって決めているの? 微生物の名前に関するあれこれを突撃取材!後編はこちら!
微生物の名前ってどうやって決めているの? 微生物の名前に関するあれこれを突撃取材!後編 – mics magazine
微生物の名前のつけ方から、その手順まで微生物の名前に関するあれこれを産総研の研究員、玉木秀幸さんに聞くこの企画。前編は、微生物の学名をつけるまでの工程や、学名の成り立ちを紹介しました。後編となる今回は、さらなる気になる質問やぶっちゃけ話を玉木さんにズバリ聞いていきます。