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筑波大学が「微生物学」の指揮者となるために | MiCSセンター長高谷直樹教授が見据える微生物研究の未来

筑波大学が「微生物学」の指揮者となるために | MiCSセンター長高谷直樹教授が見据える微生物研究の未来

医療、食、自然……環境目に見えない微生物の世界を探求する研究は、さまざまなフィールドで行われている。感染免疫学、醗酵学、環境科学など専門分野における微生物の働きを探求する学問の歴史は長い。それに対し、微生物の種類や、微生物の役割そのものを研究する「微生物学」。欧米諸国では一学問として確立しているものの、日本における「微生物学」への取り組みはとりわけ少ないという。そんなニューフロンティアな「微生物学」を盛り上げるためにはじまった〈筑波大学微生物サスティナビリティ研究センター(MiCS)〉。「微生物学」は社会にどんな影響をもたらすのだろう?その答えを求め、MiCSセンター長高谷直樹教授にインタビューを行った。


離ればなれになった微生物研究をひとつに

2018年10月に設立されたMiCS。いまだ1%も発見できていないと言われている膨大な種類の微生物を発見し正しくコントロールすることで、社会のあらゆる分野に活用する。30名以上の微生物学者が集まる新進気鋭の研究所だ。その所長を務めるのが、筑波大学生命環境系の高谷直樹教授。「僕らが学生だった時は『バイオテクノロジー』っていえば、微生物だったんだよ。最先端の研究だったんだ」本棚にびっしりと並べられた論文を指でなぞりながら、高谷教授はふふふ…と笑う。

「僕が大学生だった1980-90年代は、バイテクが注目を浴びはじめた時期。今でこそいろんな生き物を使って遺伝子組み換えなど分子生物学的な研究ができるけれど、その頃はバイオテクノロジーといえば微生物くらいしかなかったんです。研究所にいる全員が微生物について研究していた。それは見方を変えれば、微生物テクノロジーの全盛期。とにかく社会からひっぱりだこでした。世間に広まるにつれ、医療や食品などそれぞれの分野で微生物の先進技術を取り入れるようになった。新種の微生物でいい薬がつくれるとか、環境浄化ができるとか……僕が大学を卒業した頃くらいから、それまでひとつの研究所にいた微生物学者がだんだんといろんな分野に散らばっていきました。食品やプラスチックなどの材料を開発している企業には優秀な微生物学者がいるし、製薬会社にももちろん微生物の研究者がいる。微生物テクノロジーが世にあふれるにつれ、微生物のエキスパートがいろんな業界に散らばってしまい、世間に見えにくい影の役者となってしまいました。でも、僕らは微生物のことが大好きなんです。微生物をもっと目に見えるところで活躍させたいという思いは全員変わらない」

20世紀前半は、微生物の研究といえば農学部が行うもの。発酵や醸造など日本の食文化に根ざした研究や、新たに役立つ微生物を発見するものが主だった。1980年代から急速にバイオテクノロジーが盛んになり、農学部以外でも微生物を扱うようになる。社会に広まる反面、微生物をそのものを探求する人は減っていく……「一度は社会へ飛び立った研究者のなかには、どこかもどかしさを感じていた人もいたはず」と高谷教授はいう。

「昨今の腸内細菌や発酵食品のブームのおかげで、少しずつ一般社会にも微生物の面白さや魅力が広まっています。でもさらに普及させるためには、影を潜めた微生物の面白さをもう一度表舞台に立たせないといけない。また大学生の頃のように戻ることになるけれど、微生物の研究者が集まれる微生物専門の拠点が必要だったんです。そんなたくさんの研究者の思いが募って、MiCSは立ち上がりました」

地味な研究にこそ大きな価値がある

東京大学農学部でクモノスカビに出会って以来、カビの代謝物質について研究している高谷教授。最新の微生物研究所のセンター長はどんな先端研究をしているのだろう…?もちろん気にならずにはいられない。いざ聞けば、「僕の研究…?いやぁ…」と謙遜した口調ではにかんだ。

「僕の研究ってつまらないんですよ。とにかく面白くないことがやりたい。みんなが面白いと思うことは、僕じゃなくても誰かがやってくれるでしょ?だから研究をはじめた時に、『高谷の成果面白そうだから自分もやってみよう』という人がでてきたらすぐにその研究をやめちゃうんです。そうやっていたら、ものすごくニッチで地味な研究ばかりになってしまった(笑)でも、誰も研究したがらない隙間の問題を解決することにこそ、大きな価値があると思っています。社会に対してわかりやすく役に立つわけではないけれど、研究を進めることで医療や科学の大きな進歩につながるかもしれない。誰もやらないけど、誰かがやらないとはじまらない研究が微生物にはたくさんあるんです」

現在は、俗に「若返り遺伝子」とも呼ばれているサーチュイン遺伝子とカビの関係性に取り組んでいるという高谷教授。カビのサーチュインの機能を抑えることによって、今までカビから発見されなかった化合物を探すことができ、新薬の開発にも役立てられるそう。「アイデアを持っている人はいるんだけど、実行する人はなかなかいないんだよね(笑)」と終始にこやかなその表情の奥からは、微生物への飽くなき探求心がひしひしと伝わってきた。

微生物を知ることは、生き方を変えること

新しい微生物を発見し、社会に活用できるように制御する。MiCSが担うのは、あらゆる微生物研究の根幹となる部分、まさに「微生物学」だ。しかし微生物そのものを知ると言っても、微生物初心者にはピンとこないのは正直なところ。むむむ……と首をかしげていると「微生物を知ることは、我々の価値観すら変えることかもしれないんですよ」と高谷教授。

「生き物というと、僕たちはヒトや動物、植物を思い浮かべがちですが、微生物だってれっきとした生き物。地球温暖化で気温が2度上がると『大変だ!』と大騒ぎになるけれど、微生物のなかには70度のなか生きるものもいます。僕たちは酸素がないと生きられないけど、酸素がなくたって生きられる菌はいる。地球が暑くなったって、酸素がなくたって問題のない生き物はたくさんいるんです。微生物は目に見えないから見落とされがちだけれど、生き物にとって大事なものって何?と考えたときに、僕たちが大事としているものが必ず全ての生き物にとって必要なわけではない。微生物を知ることは、生き方や考え方そのものを見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか」

科学技術や医療だけではなく、思想や文化にも変革をもたらすかもしれない「微生物学」。小さな生き物の力で大きなイノベーションを起こすため、高谷教授を筆頭とするMiCSの研究者たちは日夜研究に没頭している。微生物について知られていることはまだほんの少し。小さな発見を取りこぼさないように集めて大きな知識に変えていく。MiCSは「微生物学」の指揮者のような存在だ。

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