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ウイルス=病原体ではない。ウイルス生態学が解き明かす最新のウイルス事情。

ウイルス=病原体ではない。ウイルス生態学が解き明かす最新のウイルス事情。

2020年、瞬く間に世界を震撼させた新型コロナウイルス”SARS-CoV2″。おそらく今後数十年、人々は「ウイルス」という言葉を耳にするたび、このパンデミカルなウイルスのことを思いだすに違いない。今後ウイルスは人類、地球上の生物の存続を脅かす存在となるのだろうか。MiCSで唯一、微生物ではなくウイルスの生態を研究するmics magazine副編集長の浦山俊一助教が最新のウイルス生態学について語る。


病気のもとになるウイルスはエラーだ

そもそも、多くの人はウイルス=病原体だと捉えている。

それもそのはず。コロナウイルスをはじめ、風邪やインフルエンザなど一般的な感染症の多くはウイルスもしくは細菌によるもの。IT分野でもコンピューター”ウイルス”と呼ばれるほど、ウイルスはあらゆるものに感染して宿主に良からぬ影響を及ぼす悪の象徴として認識されている。

しかし、すべてのウイルスが宿主を攻撃する悪者なわけではない。浦山俊一助教によると、むしろそのような病原体となるタイプはウイルス全体としてみればエラーとも言えるそう。

「これまでウイルスは、ある病気が発生した時その原因を突き止めた結果発見されたものがほとんどでした。だからウイルス=病原体という考え方は医学的観点からみれば当然のこと。コロナウイルスやインフルエンザなど一般的な病気の原因となるウイルスは、宿主の細胞の資源を食い尽くして増殖し、また別の細胞へ移動していく。その過程でさまざまな病気を引き起こします。だけど、このような急激に増殖するウイルスに対しては細胞もさまざまな対抗措置を講じるし、次に感染する細胞が少ない場合などには、この侵略者的な生き方が最適とは限らないはずです。そして、実際ウイルスの中には宿主に悪影響を及ぼさず、上手に共生しているものがたくさんいます」

浦山俊一|Shunichi Urayama
筑波大学生命環境系・助教。東京農工大学産官学特別研究員、海洋研究開発機構ポストドクトラル研究員を経て現職。

海に広がるウイルスの世界

東京農工大学大学院を修了後、海洋研究開発機構で海水の中に含まれるウイルスを研究していた浦山助教。そもそもウイルスとはどんなものなのかを説明してくれた。

「まず、ウイルスと生物は全然違うもの。生物というのは、細胞が集まってできていますが、ウイルスには細胞がありません。ウイルスは生物の細胞の中に入って、自らをコピーして増殖します。ウイルスにはDNAウイルスとRNAウイルスの2種類がいて、私が特に力を注いでいるのはRNAウイルスの生態です」

海洋研究開発機構に入所していた当時、海水の中に多くのウイルスが漂っていると他の研究者から伝えられていたという浦山助教。しかし研究を進めるうち、ある意外な結果にたどり着いた。

「海水を汲んで調査した結果、海水の中にいたのはDNAウイルスがほとんどだということがわかりました。RNAウイルスは海水にはほとんど漂っていなかったのです。それは、RNAウイルスを研究のメインとする者にとって大変残念なこと。そこで、海水の中に生活する微生物のなかにウイルスがいるかを調べてみました。すると驚くことに、微生物のなかにはたくさんのRNAウイルスがいることがわかりました。その数なんと10Lの海水中に800種類以上。しかもそのほとんどが新種だと考えられます。これまでに発見されてきたRNAウイルスが数千種類しかないことを考えるとものすごい数。実は海水そのものではなく、そこに生活する微生物のなかにウイルスの世界が広がっていたのです」

ウイルスと共生する未来

「好きなウイルスは病気を起こさないウイルスです」と語る浦山助教授。海中の微生物に潜むウイルスも、細胞には悪影響のない、つまり病原性ではないウイルスが多いそう。冒頭にもあるように、病気の原因となるウイルスはほんのわずかで、むしろ地球上にいるウイルスのほとんどは生物にとって無害な可能性もある。

「例えば、この写真はあるウイルスに感染した稲と、感染していない稲です。左が感染した稲、右が感染していない稲ですが、目を凝らして見ても見た目ではどちらが感染しているかはわからない。外見ではわからないので、私たちが普段食べているお米にも感染しているものとそうでないものが混じっています。つまり稲にとってこのウイルスは無害。感染したからといって、枯れたり、稲穂が綺麗に実らないというようなことはないのです」

ではこのウイルスは細胞内で何をしているのか。浦山助教はこう続ける。

「細胞はこの無害に見えるウイルスの増殖を許しています。もしかすると細胞とウイルスの間でギブアンドテイクが行われている可能性がある。ウイルスの増殖を許すことで、細胞側にも何かメリットがあるのかもしれません」

新型コロナウイルスに限らず、人類はあらゆる病原性ウイルスと立ち向かい、そのたびにウイルスは悪者であると敵視してきた。

しかし、浦山助教の研究を筆頭に、生物にとって無害なウイルスがかなりの数存在していることもわかりはじめている。ウイルスは必ずしも悪ではないのだ。

もしも今後、人間をはじめとするさまざまな生物にとって有益なウイルスが発見されることになれば、ウイルスに対する世間の認識はがらりと変わる可能性も十分にある。微生物だけではなく、ウイルスと共生することが当たり前になる未来はそう遠くないかもしれない。

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