「増えるだけ」の単純な生物だと思われがちな微生物。しかし近年の研究では、彼らも私たちと同じようにコミュニケーションをとり、集団を統制する手段を持っていることが明らかになりつつある。目に見えないほど小さな微生物は、一体どのような社会を築いているのだろう…? MiCS副センター長で、微生物のコミュニティを専門に研究する野村暢彦教授が、微生物を通してこれからの人間社会のヒントを探る。
微生物は常に集団として生きている
広島大学大学院工学研究科でバイオテクノロジーについて研究し、1996年からは筑波大学生物系で微生物に関する研究を続けている野村暢彦教授。国内のさまざまな大学や研究所関係者を中心とした「野村集団微生物制御プロジェクト」を統括し、最先端の微生物研究を行っている。「集団やコミュニティの話以前に、微生物がいないと地球は成り立たないんですよ」と野村教授はいう。
「地球上のどこにでも存在している微生物。海や川はもちろん、水たまりでも、スプーン1杯ぶん水をすくえばだいたい100万匹はいます。もちろん、人の体のなかにもたくさんいますよ。人間の体は約37兆個の細胞からできているとされていますが、人間の体内にいる微生物は約100兆。体を構成する細胞より微生物の細胞の方が全然多いといわれています。もし宇宙人が人間の体を細かく切り刻んで調べたら、人間は乗り物で微生物の方が主人だと判断したっておかしくない(笑)そして他の動物、昆虫、植物など地球上の生物で微生物が体内にいない生物はまだ存在しません。この地球上での生命の進化は、必ず微生物たちと共に発展してきたんです」
これまでの微生物研究は微生物単体としての機能や生態を探るものがメインだったのに対し、野村教授はより自然の状態に近い「集団としての微生物」の振る舞いに着目。そこでわかりつつある微生物たちのコミュニケーションやネットワークについて話してくれた。
「私がこの分野に興味をもち始めたのは、土壌浄化の研究をしていた頃でした。当時は石油系の成分を分解する微生物が注目され始め、私が助教をしていた研究室でもそういう実験をしていました。正直そんなわかりきったことやって何になるんだ、なんて考えていましたね(笑)土壌浄化の機能を持つ微生物がもうわかっているなら、それを撒けば済む話。でもいざ実験をやってみると、条件は同じにしてても効果が出るところと出ないところがあったんです。それで色々調べてみると、微生物たちは種を超えたネットワークを構築して、その集団内では単体でいる時とは異なるはたらきをすることがあるということがわかったんです。
さっき言ったように、1gの土の中にも数百万~数億単位で微生物がいるわけです。そこでは人間と同じように社会ができていて、たくさんの微生物がうまくバランスをとりながら暮らしています。そこにいきなり知らない微生物が現れたら、例えば村八分みたいに、ほかの微生物に邪魔されてそこに居着くことができなかったり、能力を十分に発揮できなかったりなんてことが起こっても不思議ではありません。そこから『集団としての微生物』の研究にとりかかるようになりました」
微生物の集団は統制のとれた「コミュニティ」
「集団としての微生物」の研究を続けるうち、微生物たちも互いにコミュニケーションをとっていることがわかった。彼らは会話をして、道や家をつくり、ネットワークを構築する。人間の暮らしと遜色のない微生物の姿に、「まさに人間社会の縮図なんですよ」と野村教授は続ける。
「微生物はたくさん集まると、バイオフィルムという膜をつくります。バイオフィルムは、イメージしやすいところだと排水溝の“ぬめり”みたいなもの。この中にはたくさんの種類の微生物がいて、納豆の糸みたいな道が実際にある。その上を微生物が動いてネットワークをつくってるんです。ちょうど、人間が街をつくって道路の上を移動するのと同じような仕組み。このバイオフィルム内では、微生物がうまくコミュニケーションをとって、バランスをとりながら暮らしているんです。じつは、微生物のコミュニケーションにも人間と同じように言語がある。言語といっても声や音ではなく、微生物の場合は化学物質を使います。ある微生物が特定の科学物質を放出すると、周囲の微生物がそれを受けとって行動する。英語と中国語と日本語のように、この化学物質にも色々な種類があって、微生物によって使える化学物質が違います。なかにはバイリンガルやトライリンガルみたいな微生物もいて、例えばみんなでバイオフィルムをつくろうという時にはなるべくいろんな微生物に伝えたいから英語を使うけど、こっそりコロニーをつくりたい時には日本語を使う。つまり、彼らもちゃんと集団を統制する手段を持っているんです。ただ集まっているだけじゃなく、コミュニティとして成立しているんですね」
微生物の個性から、多様性の意味を考える
「しかも微生物の中にも多様性があるんです」と語る野村教授。同じ種類の微生物でも、個体によってその振る舞いが異なることがある。全員が正しくコミュニケーションを取れた方が集団の統制はしやすいはず。しかしそこには、私たち人間社会のモデルケースにもなるような、ダイナミックな生存戦略があった。
「微生物もコミュニケーションをしているということがわかってくると、同じ種類の微生物でも同調しない個体が一定数の割合で存在することが明らかになりました。同じ遺伝子のはずなんですが、人の言うことを聞かずに好き勝手するやつ、不良言葉みたいなものを使うやつ、誰とも話さず聞かずでじっとしてるやつといった、人間社会みたいな個性が微生物にも出てくるんです。単純に考えると、全員が同じ規範を正しく遂行している集団の方が統制がとれやすそうですし、集団の質も上がる気がしますよね。しかし、微生物のコロニーはこのような『エラー個体』たちをあえて確保している可能性があることが実験でわかってきています。乾燥や有害物質の流入など、正常な個体にとって生存が難しい環境になると、その新たな環境に適応できるエラー個体が集団全体を覆うように広がる。均一な集団であることによって同じ条件で全滅してしまうことを防ぐため、あえて不均一性を残し、生存可能性を高めているのではないかと考えることができます。高度な生存戦略を微生物たちは長い進化の過程で発見し、受け継いできたのかもしれません。近年『多様性』が重要視され、もはや避けては通れないテーマとなりつつありますが、私個人としては『なぜ多様性が必要なのか』という問いには、こういった微生物たちのシステムが人間にも受け継がれているから、と答えていきたいですね」
微生物が集団や個性を持つことは、最近になって少しずつわかってきたこと。微生物同士のコミュニケーションには、我々が知らない秘密がまだ多く隠されている。
政治や宗教、人種、性差など「多様性のある社会」が叫ばれる昨今。目に見えない微生物の集団の中にこそ、こういった問題を解決し、より良いコミュニティや社会をつくるヒントが隠されているかもしれない。