宿主をセックスゾンビにしてしまう病原菌、「マッソスポラ」
ー寄生した生物の意識を乗っ取り、体がボロボロになるまで生殖活動を行わせる病原菌が発見されたー
怪作・キラーコンドームの続編か?と思うほど唐突な筋書きに聞こえるかもしれないが、この恐ろしい病原菌は確かに存在する。だが「セックスゾンビ」にされてしまう不幸な主人公は我々人間ではないので安心してほしい。
セミの下半身を食いちぎり、洗脳するカビ、マッソスポラ
Massospora cicadina(マッソスポラ・シカディナ)と呼ばれる菌は、cicadinaの名の通りセミを宿主とする特殊なハエカビの一種だ。この菌は北米を中心として生息するセミに感染し、宿主が羽化するとともにその恐ろしい生態をあらわにする。この菌に感染し成虫となったセミは腹部が削げ落ち、代わりにMassosporaの胞子が詰まった白い塊が生えている状態になる。こうなったセミは正常性を失い、食事をすることもなく飛び回り、オスメス関係なく交尾行動をとって感染を拡大させようとする。それどころかMassosporaに感染したオスの個体がメスのように振る舞い、他のオスを誘引するような行動すらあったという。
近年の研究でこういった行動のメカニズムが判明しつつあるが、その原因を知るとより一層この菌の恐ろしさを思い知ることになる。この菌や近縁種に感染したセミを調査したところ、体内からシロシビン、カチノンといった化学物質が見つかった。前者はマジックマッシュルームにも含まれ、幻覚作用があることで知られる。後者は覚せい剤として利用されることもあり、どちらも日本国内では規制対象となる物質だ。つまりこの菌は宿主を薬漬けにして操っているといっても過言ではない。つくづく、この菌が人間に感染しないことを祈るばかりだ。
虫に感染する奇妙な菌たち
マッソスポラの他にも虫を宿主とする菌は少なくない。しかもその中にはマッソスポラに負けるとも劣らない奇妙な生態を持ったものも多い。
Wolbachia pipientisというバクテリアは、宿主の性比を変化させる菌として有名だ。ハチやチョウ、ガ、ハエなど多くの虫に感染することが知られ、宿主によって反応が多少異なるが、オスだけを死滅させたり、オスを性転換させたり、メスを単為生殖が可能な体につくり変えることができる。
このバクテリアはメスの卵細胞に感染することにより次世代に情報を伝えていく。オスの精細胞にはそもそも感染ができず、オスから次世代に情報が伝わることはない。つまりオスが死んだところで細菌にはなんのデメリットも無い。むしろ集団内のメスの割合が増えれば自身の生存・繁殖可能性が高まるわけだ。上記のような「オス殺し」はこういったバクテリアの生存戦略の一端というわけである。
Ophiocordyceps unilateralisという菌はアリをゾンビ化してしまう。この菌はアリの体に入り込むと菌糸を体中に伸ばして筋肉を支配し、高い木の枝などに登らせその枝を噛ませて固定したのち、アリの体からキノコのような子実体を生やして胞子を撒き散らす。このアリの下を通る別のアリはこの菌を全身に浴びることになり、感染がさらに拡大していく。
こういった昆虫寄生菌の話を聞くと、まるで映画・エイリアンのような地球外生命体がいてもおかしくないと考えてしまう。とはいえ、宿主の体や意識を蝕むタイプの菌や寄生体は、まだそれが目に見えるぶん対処も可能だ。本当に恐ろしいのは、寄生されてもそれに気づけないほど巧妙にコントロールされている場合だ。もしかしたら、わたしたち人類もすでに別の生命体によって「ゾンビ」にされているのかもしれない…
出典
https://www.nature.com/articles/s41598-018-19813-0
https://www.eurekalert.org/pub_releases/2018-02/jhm-bpc013118.php
https://www.eurekalert.org/pub_releases_ml/2018-05/aaft-4043018.php
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/27/4/27_203/_pdf/-char/ja
写真1
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Massospora_cicadina.jpg
写真2
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0004835