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微生物的”ZIPファイル”を使って細菌をハックする。ミクロ世界に普及する高度なコミュニケーションツール

微生物的”ZIPファイル”を使って細菌をハックする。ミクロ世界に普及する高度なコミュニケーションツール

情報伝達は生物の生存戦略として欠かせない行為だ。それはミクロの世界に生きる微生物であれ同じこと。果たして彼らはどのようにして情報を共有し、生き延びるのか。mics magazine編集長、豊福雅典准教授が明かす微生物の高度なコミュニケーションとは。


微生物はコミュニケーション上手

現代人の生活は、コミュニケーションツールで溢れている。

手紙、メール、Twitter、Slack……社会の情報化が加速するごとに、そのツールは目まぐるしく更新され、よりシームレスに必要な情報を届けられるようになっている。

しかし、情報を伝達する力を持っているのは人間だけではない。さまざまな生き物が、音や、ジェスチャー、臭いを使ってコミュニケーションをとっている。散歩中の犬のマーキングは、他の犬に自らの情報を伝えていることでよく知られているし、ミツバチはダンスを踊ることで花の場所や量を仲間に知らせる。プレーリードッグの「キーキー」と甲高い声は、近づいてきた人間を察知し、シャツの色や、さらには背の高さなどの情報を仲間に共有するれっきとした音声コミュニケーションだ。

では、ミクロな世界に生きる微生物はどうだろうか。彼らは、お尻をふってダンスをするわけでもなく、「キーキー」と鳴くわけでもない。だが実は、無数の微生物がコミュニティをつくり、独自のツールを使って「会話」をしている。豊福雅典准教授によると、その情報の伝達方法はかなり複雑で戦略的なものだという。

「私たち人間がコミュニケーションの時に使うのは、言葉やジェスチャー。微生物の場合、『シグナル』と呼ばれる化合物を作り、それを受け取ることで互いに会話をしています。シグナルの種類は多種多様。ある特定の微生物にしか理解できないものもあれば、多くの微生物が理解できるものもあります。またシグナルには、水に溶けやすいものと、油のように、溶けにくいものがあり、水に溶けやすいものは水の中ではどんどん広がっていくので、遠くの微生物まで届きます。その反面、水に溶けづらいシグナルは水の中で広がりづらい。手紙もポストに入れなければ相手に届かないのと同じように、せっかく作ったシグナルも外に出さなければコミュニケーションができません。そこで使われるのが『ベシクル』と呼ばれる細胞の膜でできた”封筒”のようなもの。微生物が作り出すこのベシクルの中には、さまざまな情報が詰まっていて、それを微生物の間でやりとりすることでもコミュニケーションをとっています。水に溶けにくいシグナルも、この膜小胞の中に閉じ込めることで遠くまで届けることができるのです。ベシクルの一部は、同種間であれば届きやすいというようなこともわかりはじめていますが、その詳しいメカニズムはまだ謎に包まれています」

まるでZIPファイルかのごとく、さまざまな情報を詰め込むことができるベクシル。人がファイルを圧縮して送受信している代わりに、微生物は情報をベシクルに詰めてやりとりをしているのだ。

豊福雅典|Masanori Toyofuku
筑波大学生命環境系・准教授。日本学術振興会特別研究員、チューリッヒ大学博士研究員を経て、現職。微生物間相互作用を専門とする。

ベシクルで微生物をハッキングする

クラウドサービスが普及する数年前まではZIPファイルをメールかデータ送信サービスを使ってデータを送るのが当たり前な世の中。しかし、そこには情報を盗み取られたり、ウイルスを送られてハッキングされる不安が常に隣り合わせにあった。うっかり知らないメールアドレスから届いたZIPファイルをうっかり開いてしまいそうになって冷や冷やしたこともあれば、このファイルはどこかに流出していないだろうかと不安になったこともあるはず。

しかし、情報を改変したり仕込んだりできるのはZIPファイルに限ったことではない。ミクロの世界ではベシクルも微生物へ人為的に情報を送り込むハッキングツールとなりうる。

「ベシクルはワクチン開発の基盤となったり、ガン治療への応用も検討されています。こうした、ベシクルの機能を積極的に利用できないかが注目されています。リポソームという呼ばれる膜粒子を用いて人工的にベシクルを作る技術があり、その中にさまざまな物質を入れることによって微生物や細胞に情報を届けることができるのです。こうした知見を持ち寄ることで、新たな機能をベシクルを開発できるかもしれません。例えば、微生物と医学は深い関係性がありますが、特に最近問題になっているのは、薬剤耐性菌。これまでの抗生物質が効かないタイプの菌が増えてきてしまうと、感染症の難治化に直結します。また、私たちの健康にとって良い働きをする菌も体内や体表にいますが、従来の抗生物質はこういった、いわゆる善玉菌まで区別なく殺してしまい、薬剤耐性菌を生む原因にもなっています。そこで重要なのが病原菌をピンポイントで攻撃すること。もし、シグナルのかわりに抗生物質やシグナルを撹乱する物質がベシクルの中に詰まっていたらどうなるでしょう?さらに、そのベシクルが特定の菌にだけ届くように操作できるとしたら?まるで微生物をハッキングするかのように他の菌に影響を及ぼすことなく的確に退治することができるのです」

どの情報をどの”ファイル”に詰め込むと良いのか、ベシクルをどのように改良するのか……実用化に向けての研究はまさに実験段階という豊福准教授。微生物的ZIPファイルともいえるこのベシクルを介したコミュニケーション方法を突き詰めることで見えてくる微生物同士の関係性は、人間と微生物の関わりにも新たな風を巻き起こすかもしれない。

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