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畑のパンデミック。さつまいも基腐病と植物病理の世界

畑のパンデミック。さつまいも基腐病と植物病理の世界

甘くてほくほくとした秋冬の味覚、さつまいも。焼き芋や芋けんぴはもちろん、焼酎の原料や清涼飲料水の甘味料としても使われる、食生活に欠かせない万能農作物だ。そんなさつまいもがここ数年、生産の危機に瀕していることをご存じだろうか?

その原因となっているのが「さつまいも基腐(もとぐされ)病」という糸状菌による病気。その名前の通り、感染すると褐色に変色しスポンジ状に腐敗してしまう厄介な病原菌だ。いまや国内全土に甚大な被害を及ぼしているこの病気、解決の糸口は果たしてあるのだろうか。そもそも植物の病気は一体どのように解明されるのだろう?

筑波大学生命環境系助教を務め、植物病理学を専門とする石賀 康博助教に「さつまいも基腐病」をはじめ、さまざまな植物の病気を研究する植物病理の世界について話を聞いた。

全国のさつまいも畑を脅かすさつまいも基腐病

さつまいも基腐病の原因となる糸状菌、Diaporthe destruens (Harter) Hirooka,Minosh. & Rossman 。約100年前にアメリカで発見されたこの菌は、当時アメリカ大陸やアフリカ、ニュージーランドなどでさつまいも栽培に被害をもたらしていた。その後、アジア圏にも広がり、日本では2018年に沖縄で初めて発生を確認。*1翌年には九州各地で報告され、2021年には関東北部でも感染が相次いでいる。この急速な感染スピードについて、さつまいもの栽培方法と、菌の生存環境が関わっていると石賀助教は語る。

寒天培地で培養したさつまいも基腐病菌(Diaporthe destruens (Harter) Hirooka,Minosh. & Rossman

「日本でのさつまいも栽培は、基本的に苗(ツル)を植えて行っています。さつまいも基腐病は土の中にいる菌なので、ひとつの苗に感染していると、土壌を介して他の苗にもうつってしまう。ひとたび畑に広がってしまうと、あっという間に汚染土壌になってしまうんです。さらに厄介なのは、感染から発症までの潜伏期間があること。一見健全なさつまいもでもDNAを検出すると感染していることがあります。苗であればなおさら感染初期の段階を見極めるのは困難です」

一度土の中に菌が入ってしまうと取り返しがつかなくなるため、菌やウイルスが侵入していない「ウイルスフリー苗」や、厳密に検査した苗を使用することが現状の解決策として挙がっている。一方で、汚染土壌を解決しなければ収穫量は減少し続けてしまう。「土をまるっと変えるのが一番いいけれど、実際には難しい」と眉を寄せる石賀助教。土壌環境の維持には、基腐病菌だけではないさまざまな問題がはらんでいる。

石賀康博助教

「土を取り変えることができないなら、次に考えるのは土をまるごと殺菌する方法。実際に土を燻蒸して、菌の量を減らす取り組みを進めている地域もあります。でも僕はこの方法について懐疑的。病原菌だけではなく、植物にとって有用な菌も殺してしまいますから。一時的には健康な土壌に見えますが、時間が経つと新しい病原菌が入ってきます。その時に戦ってくれる良い菌がいないと、また同じことの繰り返しになってしまう。農薬を使うという選択肢ももちろんありますが、10年単位の栽培スパンになると、経済的にもコストがかかるし、農薬の蓄積量も考えないといけない。一つの病原菌を退治することだけではなく、農家さんの負担や栽培環境のことも考えて治療方法を見つける必要があるんです

そこで出番になるのが、石賀助教ら植物病理のエキスパートだ。細菌や糸状菌の感染制御を行うため、感染条件や、感染までの時間、症状などを徹底的に調べていく。菌の行動をつぶさに見ていくことで、より効率的な農薬の開発や対策を講じることができる。しかし、相手は植物の病原菌だ。研究を行うためには菌だけではなく、もちろん植物そのものを用意する必要があるはず。一体どのように研究を進めるのだろうか?

植物病理のはじまりは、独自の「系」づくりから

植物の病気のメカニズムを解明するためには何百もの試験体となる植物が必要になるが、毎日スーパーマーケットで野菜を買い占める、なんてことはもちろんない。菌に感染するプロセスを見極めるには、まず同じ条件下で育てた植物が大量に必要になる。その栽培と感染のシステムとなる「系」をつくることが植物病理の要であり、石賀助教が最も得意とする研究工程だ。

「『系』をつくることは、いわば各植物病理研究のルールを決めること。それぞれの病気に対して『系』が確立できれば、他の研究者もその『系』を使って研究を進められます。同じ発育状態の植物を育てるシステムをつくることは一筋縄ではいきませんが、研究のトップランナーに立つことができるという意味でやりがいのあるプロセスです」

植物病理の研究としてはマイナーな反面、農業では深刻な問題になっている植物病原菌を研究対象にしている石賀助教。先行研究が少ないぶん、独自の「系」をつくることができる。

「例えばつい最近まで研究していたのは、『キウイフルーツかいよう病菌』というキウイフルーツに感染する病原菌。海外から入ってきた菌で、国内の研究例もほとんどないマイナーな病気です。モデルにする『系』もなかったため、まず始めたのはキウイフルーツをラボ内で栽培できる『系』をつくること。キウイフルーツの実から種を一粒ずつ取り分けて栽培したりと試行錯誤をした結果、無菌状態でキウイフルーツを育てられるシステムができました。一度『系』をつくることができれば、何千という数の試験を行うことができるし、海外の研究者にも同じ条件で研究を進めてもらえる。『系』があるからこそ、研究に幅がでてくるんです」

石賀助教のラボで栽培されているキウイフルーツの苗(上)とさつまいも(下)。

2021年からさつまいも基腐病の研究を本格的に開始した石賀助教のラボは、今まさにさつまいも「系」づくりの真っ只中だとか。「さつまいもは成長が遅く、『系』をつくるのもなかなか難しいけど、なんとか確立させたい」と意気込む石賀助教。さつまいもやキウイフルーツに限らず、トマトやキャベツなど農作物を中心に研究を行うその背景には、石賀助教自身が持つ食とウェル・ビーイングへの思いがある。

植物の病気とウェル・ビーイングの深いかかわり

言わずもがな、人間は食べ物がなければ生きていくことができない。肉や野菜から水分やエネルギーを摂取することで成長し、生きることができる。

「皮膚や筋肉はもちろん、脳だって食べ物からのエネルギーによって大きくなる。つまり、思考や精神の源は食べ物にあるといっても過言ではありません。食べたものでしか体はできないし、精神もできないというのが僕の考え方です」

その最も基礎にあるのが、土の豊かさ。良い土があることで健康な作物が育ち、その栄養が巡り巡って我々人間に届く。その良い土をつくるのは、多種多様な微生物たちだ。

「土の中には、数え切れないほどの微生物が生活しています。彼らの存在は植物だけではなく、私達人間にとっても非常に重要。地形学の第一人者、デイビッド・モントゴメリーが書いた『土と内臓』にもある通り、土から採れたものが人間の体の免疫や腸内細菌に影響していると言われています。また、腸内細菌に関しても、人の免疫を制御したり、人の精神を制御しているという説がある。つまり、人間の心身の健康は、土と微生物が大きく関わっているんです」

冗談抜きで、土を舐めるくらいの気持ちでいたほうがいいんですよ!(笑)と笑う石賀助教。積極的に土の中の微生物を身体に取り込むことが重要だとか。

「実際には土を食べることはなかなかできないので、野菜を介して微生物を取り込む。そのためには、良い菌を残したまま農作物をつくることが必要。健康な土壌と野菜を守ることが、最終的に人間のウェル・ビーイングに繋がると考えています」

これからも農業の問題になる病気が出てきたらどんどん取り組んでいきたい、と意欲を見せる石賀助教。植物の健康を考えることで、人々により良い暮らしをもたらす。環境から食、人間の健康へと循環するサステイナブルな姿勢が、植物病理の世界には広がっている。


参考文献

1)サツマイモに甚大な被害を与える侵入病害 「基腐病」の超高感度・簡易・迅速診断
https://www.alic.go.jp/content/001169644.pdf

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